10年に1人の天才!紅白にも出演した米津玄師の魅力とは?

若い世代を中心に人気を集める米津玄師さん。昨年2月に配信リリースされた「Lemon」がYouTubeでのMV再生数が1億5000万回を超え、累計200万ダウンロードを記録。日本レコード協会より「史上最速200万DL達成作品」として認定も受けました。

最近では、<NHK>2020応援ソングプロジェクトとして、小学生ユニット「Foorin」が歌う楽曲「パプリカ」を書き下ろすなど、目覚ましい活躍をしています。なぜ米津さんはそこまで世間の支持を受けるのでしょうか。彼が作る楽曲の魅力をお伝えします。

米津玄師とは

米津玄師さんは、1991年生まれの27歳。徳島県徳島市の出身です。小学5年生の時に、当時ネット上で流行していたFLASHアニメーションの影響で、音楽に対する興味が湧いてきます。その後、中学3年生からMTRを使用してオリジナル曲の制作を開始します。

「late rabbit edda」というバンドを結成します。その後高校を卒業し、専門学校に通いながらバンド活動も並行して行っていきますが、他のメンバーと一緒に作品を上手に作る事ができず、バンド活動は徐々に衰退していきます。

米津さんは、2009年よりバンド活動と平行してVOCALOIDを用いたオリジナル楽曲の制作を開始。ニコニコ動画の存在を知った彼は、ボカロPとして“ハチ”名義で音楽活動をスタートさせ、初音ミクを用いた処女作「お姫様は電子音で眠る」を発表。

2010年には自主制作アルバム『花束と水葬』『OFFICIAL ORANGE』を発表(両作とも2013年に全国流通盤が発売された)、2011年までに「結ンデ開イテ羅刹ト骸」「マトリョシカ」「パンダヒーロー」を始めとするミリオン再生を記録したヒット曲を発表します。

彼はジャケットのイラストを自身で手掛けることでも知られていますが、その当時からCDジャケットやMVなどのイラストは自身で描いています。

それまで「ハチ」名義で活動していましたが、2012年より本名での活動を開始します。2月から3か月連続で、作詞・作曲・ボーカルまでを自ら務めた本人名義の楽曲をYouTube、ニコニコ動画上にて発表した後、アルバム『diorama』をリリース。

それまでVOCALOIDの用いた楽曲クリエイターとして成功していた米津さんですが、「VOCALOIDを隠れ蓑にしたくないから」という考えのもと、VOCALOIDを使用せずに作った作品となっています。アルバムはオリコン週間アルバムランキングで初登場6位を記録するスマッシュヒットを記録します。

米津玄師の音楽の魅力

「ハチ」時代は、物語性の色濃い楽曲が人気を博し、本人名義での活動時期には、下手をすれば不協和音になりかねないメロディラインやガチャガチャとしたリズム構成をしつつも、キャッチーさを損なわない音作りが特徴的でした。

「作曲においては他人と同じ事をしていてもしょうがない」というのが米津さんの考えらしく、ハチ名義の曲には実際にドラムで叩こうとすると腕が2本以上必要になるようなフレーズが入っています。

しかしメジャーデビュー以後はサポートミュージシャンを迎え入れてバンドサウンドでの楽曲制作にシフトし、「大衆性に富んだJ-POP」へと楽曲制作スタイルを切り替えます。

歌謡曲など今までの日本の音楽をひもといて、自身の音楽に落としこんでいくことで、10代から50代の幅広い世代から支持されていることになります。楽曲には文学、アニメや映画などの映像作品、漫画、テレビゲームなど、幼少時から学生時代に触れてきたものへのオマージュが度々取り入れられているらしく、その点を見つけながら米津さんの楽曲を楽しむのもポイントの一つです。

その独特な声質も魅力的!

米津玄師さんの魅力の一つに声があります。高く響き渡る粘着質の声。これは、本人が尊敬していることを公言している、BUMP OF CHICKENの藤原基央や、RADWIMPSの野田洋次郎のような声質です。

最も耳に残るサビ部分で、高温の声質が上下に跳躍することで、人々の心に残る曲となっているのでしょう。耳に残ることで、Jポップの主戦場の1つであるカラオケの場で、若者がこぞって歌いたくなるメロディだと言え、そのあたりもロングヒットに貢献している部分だと言えます。J-POP、洋楽、そして歌謡曲といったこれらの魅力を黄金律で配合した音楽が米津玄師さんの音楽とも言えるのです!

最後に

間違いなくこれからのこの国の音楽シーンを背負っていくアーティストである米津さん。作品を重ねるごとにスタイルを変えていき、私たちに新しい刺激を届けてくれます。音楽作れて、絵も書いて、ダンスも踊れます。才能の塊の米津さんの活躍が今後も目が離せませんね!