松本山雅FCの歴史に名を刻んだ名選手を紹介!

松本山雅FCは、長野県をホームタウンにおく日本のプロサッカーチームです。その前身をたどると1965年創部の「山雅サッカークラブ」にまでさかのぼることができる、実は歴史深いサッカーチームであることをご存知な方は少ないかもしれません。そんな2005年に現在のクラブ名に変更した「松本山雅FC」の歴史には、数々の名選手がその名を連ねています。

宮阪政樹

宮阪政樹選手は、2年越しのオファーに応え2016年松本山雅FCに完全移籍しました。なお、その後2018年より大分トリニータに期限付き移籍をしており、その契約上松本山雅FCとの公式戦に出場することはできません。出身は明治大学で4年生の時にはサッカー部主将を、更に2011年夏季ユニバーシアードに参加する日本代表でも主将を務め優勝に貢献するなど、輝かしい経歴の持ち主です。そんな宮阪政樹選手の1番の武器は、キックの正確さにあると言われています。そのキックの質の高さは日本サッカー界でもトップクラスを誇ります。

喜山康平

喜山康平選手は、2012年Jリーグに昇格した松本山雅FCへ期限付きで移籍し39試合に出場。その際の活躍が評価され2013年に松本山雅FCへ完全移籍しましたが、2016年シーズン終了時の契約満了に伴い退団されました。なお、その後ファジアーノ岡山へ完全移籍されてからも主将を務めるなど、輝かしい活躍は続いています。その何よりの魅力は、フォワードやミッドフィールダー、ディフェンダーなど、さまざまなポジションを担える多彩なプレーにあります。また、主将を担うにふさわしい人間力の高さも多くの人の支持を受けています。

 

藤嶋栄介

藤嶋栄介選手は、熊本県出身のゴールキーパーです。2017年、松本山雅FCに期限付きで移籍を果たしましたが、残念ながら公式戦に出場する機会を得られることなく2018年松本山雅FCとの契約は満了となってしまいました。その後もなかなか移籍先が決まらない状態が続いていましたが、無事2018年よりレノファ山口FCへの加入が正式発表されました。阪神タイガースの大ファンとしても知られる熱い男である藤嶋栄介選手が、リーグ戦で必死にゴールを守り抜く勇士を今度こそ見せてくれるはずです。今後の更なる活躍が楽しみです。

ヨ・ソンヘ

韓国出身のプロサッカー選手ヨ・ソンヘ 選手のポジションは、ディフェンダーです。韓国の大学在学時からサガン鳥栖の練習に参加し、卒業後そのまま入団を果たします。そして入団1年目からセンターバックのレギュラーに定着し、鳥栖のJ1昇格に貢献するなど輝かしい経歴の持ち主です。その後、徴兵の調整を目的とした数々の移籍を経て、2017年松本山雅FCへ完全移籍しましたが、そこでの出場機会は先発2試合にとどまります。その後も松本山雅FCでの出場機会に恵まれなかったため、シーズン中7月に出場機会を求めザスパクサツ群馬へ完全移籍されています。

 

宮地元貴

宮地元貴選手は、静岡県出身のミッドフィールダー兼ディフェンダーで、2017年松本山雅FCへ完全移籍しました。その移籍は、同年7月に名古屋グランパスエイトに入団してから半年たらずのものであり、Jリーグでは異例なものでした。そのため、当時大きな話題となったこの松本山雅FCへの移籍の件で宮地元貴選手をご存知の方も多いかもしれません。なお、2018年からはアスルクラロ沼津へ期限付き移籍されています。そんな宮地元貴選手の1番の武器は、184センチという長身を活かした対人戦への強さにあります。また、亡き父と交わした約束を胸に強い意志をもってプロの世界に飛び込んだ精神力の強さもその魅力です。

鈴木武蔵

鈴木武蔵選手は、ジャマイカ人の父と日本人の母を持つ群馬県出身のプロサッカー選手です。ポジションはフォワードです。2017年に松本山雅FCへの期限付き移籍を発表しましたが、その後2018年シーズンより松本山雅FCからV・ファーレン長崎へ完全移籍されています。そんな鈴木武蔵選手は、ずば抜けた高い身体能力に定評があります。特に、リオ五輪の初戦ナイジェリア戦でのアディショナルタイムで左足から見事に決めたゴール姿を記憶している方は多いのではないでしょうか。歳を重ね円熟味を増した鈴木選手の今後の活躍がますます楽しみです。

さいごに

松本山雅FCの歴史には、このようにさまざまな名選手の名が刻まれています。その歴史に名を連ねた各選手の今後に注目するのもサッカーの1つの楽しみ方です。あるいは、今後の松本山雅FCの歴史に名を連ねていく選手の経歴に着目してみるのも良いでしょう。今のチームだけでなく所属する選手の経歴にまで目を向けると、今まで以上にサッカーを楽しめるのでおすすめです。